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あんたのおじいさんに傳子って名前の妹がいたんですよ。年はずいぶん離れていてね、十六位違ってたがね。 その傳子ちゃんってのが頭が良くってさ、学校の先生がわざわざ家まで来てさ、これだけ成績が良いんだから女学校にやったらどうだっつうんだよ。 そん時あんたのおじいさんは、もう職人になって働いていたから、じゃあ俺が金ぇ出してやるよっつって、女学校に入れてくれたんさ。 で、あれはいつ頃だったかねぇ、東京の親戚で、えぇと、たしか四郎おじさんっつう人がいて、その人の奥さんが肺病で死んじゃったんさ。 で、その四郎おじさんと、小さい子供が残されてね、これからどうしようかって事になって、しばらくのあいだ、家が落ち着くまで、傳子ちゃんが世話するって事になったんさ。 傳子ちゃんは一ヶ月くらいで戻ってきたんだけど、なんか落ち着かなくて、東京行きたい東京行きたいって言ってたんだってさ。 それが或る朝起きたら、傳子ちゃんがいないんだってさ。 あれ、家出したんかね、ってんで、みんなで方々探したんだけど、居ないんだって。で、まさか東京に行ったわけじゃあんめぇ、って思ったけど、一応東京の家に手紙出して聞いてみたら、そこに居たんだって。 一ヶ月もそこに居たから、子供に情が移っちゃったんさ。 どうやってお金を工面したかは分かんないけど、とにかく連れ戻してさ、ちゃんと女学校出てから東京行けばいいだんべ、っつって説得したんさ。 ところが、間が悪いっつうか、運が悪いっつうか、今度は、その傳子ちゃんが肺病になっちゃったんさ。あの家に結核菌が残ってたんだかどうか、それは解らないけどさ、運が悪かったんだねぇ。 それで、しばぁらく入院してたんだけど、結局良くなんないで、死んじゃったんさ。 まだ二十歳(はたち)だったんだよ。 傳子ちゃんが生まれる一年位前の話さ。 あんたのおじいさんに、六つ違いの弟がいてさ、秀雄って名前だったんだけど、その子が九歳のとき、病気で死んじゃってね。 あの頃は、今と違って土葬でさ、お葬式の後、みんなでお棺を担いでお墓に行くんさ。 で、お棺を埋めて、家に帰ってきて、精進落としをしてたらさ、子供達がいないんだって。 あれぇ、どこ行ったんかねぇ、っつって、家んなか探したけど居ないんだってさ。 ありゃぁ、葬式が済んだばっかだっつうのに、もう外で遊んでるんかねぇ、っつって外見たら、雨が降ってるんだって。 こんな雨んなか遊んでたらカゼひくぞ、ってんで、大人がみんなして近所中探したけどいないんだって。 で、もしかしたら、って思って、お墓に行ったら、 子供たち四人が、お墓んところに、こ〜ぅやって傘ぁ差し出して、 秀雄が雨に濡れたら可哀想だぁ、っつって、泣いてたんだって。 我が家に伝わる、ご先祖様の逸話です 合掌 |
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いいお話を聞かせていただきました。 |
3km 2004/10/19 23:46 |
なんか、国語の先生に褒められたみたいでチョット照れくさい。 |
七代目 2004/10/21 01:56 |
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