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高橋留美子先生の漫画が好きだ。 犬夜叉は、21巻まで持っている。 それ以降のは持っていない。(笑) 飽きてしまったから。(爆) それでもファンか?って言われると困るけど、めぞんとかうる星は好きなの! あと人魚も! 青年誌に時々発表する作品も、よく読んでる。立ち読みが多いけど(笑)。 一番最初に読んだ作品は、「勝手なやつら」だった。 サンデーに掲載されたやつである。 あれはショックでしたね。 どれくらいショックだったかというと、「Dr.スランプ」の連載が始まったときと同じくらいショックでした。 って、たとえになってねー。 っつーか、Dr.スランプの方が後だろ! というツッコミを入れられる人は、40代以上の人だ。 (再)あれはショックでしたね。 何がショックかって? まず、描いているのが女性だということ。 当時、少年漫画を描く女性というのは、いなかった。 いや、いたかも知れないが、私は知らない。 逆に、少女漫画を描く男性は、いた。 その昔から、手塚治虫、石ノ森章太郎、横山光輝、赤塚不二夫氏などなど、かなりの男性が少女漫画を描いてきた。 高橋留美子さんがデビューした頃も、和田慎二氏を始め、数名の男性が少女漫画雑誌で活躍していた。 さらにショックだったことは、その絵が、少年漫画そのものだということ。 少女漫画のような繊細な絵ではなく、力強い少年漫画の絵だった。 さらにさらにショックだったのは、その漫画が非常に面白い、ということ。 絵の上手さ、ギャグの上手さ、構成力など、とても新人のものとは思えなかった。 デビュー作「勝手なやつら」が掲載されてから、ほんの数ヶ月で連載が始まったのもすごいですね。 当時、彼女はまだ大学生でした。 私は、彼女のデビュー前の作品を持っていました。 日本女子大の漫研のサークル誌を持っていたのです。 あのころ私は、「ぴあ」の「仲間募集」の記事に載っていた、ある漫画研究同好会に属していました。 自分たちも、同人誌を発行していたのですが、いわゆるプロをめざすライバル達の動向を知ろうと、コミケット(当時は、コミケという略称はまだなかった)を始めとする同人雑誌即売会によく行っていました。 ある同人誌即売会で見つけたのが、日本女子大のサークル誌で、高橋留美子さんは、本名ではなく、「けもこびる」というペンネームを使っていたと記憶しています。 そのサークル誌は、今は人手に渡ってしまったので、何というタイトルだったか憶えていませんが、「めぞん」の五代君と三鷹さんを足して2で割ったような主人公と、四谷さんの原型(というより、四谷さんそのもの)のような人と、「勝手な」や「うる星」に出てくるような宇宙人達によるドタバタ漫画でした。非常にインパクトがある漫画でした。 「うる星」の連載が始まったころ、私は漫研の会合で知り合った、ある漫画家のアシスタントを始めていました。 その先生は、便宜上「B先生」としておきます。 なぜ「B」先生かというと、わたしの過去のブログに、A先生という小学校の先生が登場しているからです(笑)。決して、「馬場」とか、「尾藤」とか、「毒島」とか、「別所」とか、「ぼぼぼーぼ・ぼーぼぼ」とかいう名前の先生ではありません。念のため。 そのB先生のところでアシスタントをしていた頃、高橋留美子先生の昔のペンネーム「けもこびる」が話題になったことがありました。 B先生が言うには、ペンネームにも意味がある場合が多い、とのことでした。 ちなみに、B先生は、本名とは似つかないペンネームを使っていましたが、イニシャルだけは同じになるようにしたそうです。 で、「けもこびる」を研究(?)したところ、「こびる」→「子美留」ではないか、という結論に達しました。 要するに、「留美子」を下から読んで、「美」を「び」と読ませたもの。たぶん正解だと思う。 ただ、残念なことに、「けも」に関しては、皆目見当がつきませんでした。 どなたか、詳しく知っている方がいましたら、そっと教えて下さい。 B先生のところには、1年数ヶ月いました。 B先生の漫画が打ち切りになり、私が失職(?)したころ、留美子先生は、一躍人気漫画家になっていました。 私は、漫研仲間から、サンデーの新人のC先生がアシスタントを募集していると教えられました。 C先生というのは、便宜上で、けっして「茶畑」とか、「千葉」とか、「中條」とか・・・え?しつこい?はい、すみません。 その時発売されていた最新のサンデーを見ると、C先生の連載第一回が載っていました。劇画調ではなく、いわゆる普通の少年漫画の絵でした。 私は即刻、サンデー編集部に連絡して、C先生のアシスタントに応募したい旨をつげました。 すると、数日後に、C先生からじきじきにTELがあり、カット数点を持って面接に来てくれと言われ、私はJR中央線某駅(東京都内)までのこのこと出かけたのでした。 その某駅に着くころ、私は非常に不安な気持ちになっていました。 藤子不二雄先生のアシスタントの方のことを思い出していたからです。 上京して間もないころ、漫研仲間数人で、藤子不二雄先生のスタジオゼロに、見学に行ったことがあります。 もちろん、事前にTELして、許可を得て行ったのですが、藤子先生の仕事の邪魔をしてはいけないと思い、先生には声をかけず(もちろん挨拶はしましたよ)、アシスタントの方にお話を伺いました。 それによると、その方がアシスタントに応募したとき、2名の募集に対し、100名近い応募があったということでした。 競争率50倍! 2名の募集だから、上位2名は合格だけど、No.3の人は落ちた、ということですね。 どうりで皆さん、絵がものすごく上手いの。 こま〜かく、丁寧で、そして早いの。 そんな事を思い出してしまっていたのでした。 今日はいったい何人来るのだろうか。 何人募集しているのだろうか。 そんなことも知らずに出かけて来たのでした。 駅の待ち合わせ場所に行くと、C先生がすでに来ていました。 回りを見ると、応募者らしい人は、まだ誰もいませんでした。 が、C先生はさっさと私を近くの喫茶店に導きました。 そうか、時間差で面接か・・・。と思いました。 私は、その面接に合格して、晴れてC先生のアシスタントになりました。(エッヘン) え?何名の応募があったって? 1名です。 私だけです。(笑) C先生の話しによると、特に雑誌等で募集したのではなく、友人・知人の伝(ツテ)で探していたとのこと。 私が一番早かっただけみたいです(笑)。 でも一応アシスタントたりうる画力はあった、ということですかね。 C先生には、その時すでにD君というアシスタントが一人付いていました。 D君は、私より一つ年下だけど、○学館新人漫画賞の佳作だか何かに入選したことがある実力者で、デビュー目指して名古屋方面から上京して来ていたのでした。 そんなC先生の漫画ではありましたが、サンデーの人気投票では、かなり苦戦をしていました。 トップは断トツで高橋留美子先生の「うる星やつら」。 C先生のは、下から数えた方が早い位置にありました。 そしてその後も人気は上がらず、わずか半年ほどで連載打ち切り。 しかし、4週間お休みした後、次の連載が始まることになっていたので、悲壮感はありませんでした。 その、連載打ち切り最終回の作品を仕上げたあと、C先生がいきなり さ〜、今夜は飲みに行こう!打ち上げだ〜! と言ったのでした。 滅多に飲みに行かない先生なので、珍しくもあり、嬉しくもあったのですが、私がいつもの天邪鬼(あまのじゃく)を起こして、ついついこんな事を言ってしまったのでした。 「男だけ3人で飲みに行ってもな〜(笑)」 すると、C先生、ニカッと笑って、 「女の子を呼ぼう〜!」と言うではありませんか。 私とD君は顔を見合わせ、「先生の知り合いの女の人じゃなぁ、先生は楽しくても、こっちは余計浮いちゃうよなぁ(笑)」などと悪態をついたのですが、C先生はかまわず何処かにTELしていました。 そして、大きな声で、 「え!? ホント!? 来てくれるの? ありがとう!」 などと言うのです。 私とD君は、また顔を見合わせ、「ふ〜ん、誰が来るの?」と聞きました。 C先生は、まるで、欲しかったおもちゃを買って貰った小さな子供のように、目をキラキラ輝かせながら、大きな声で、こう言いました。 「高橋留美子!」 D君と私は、その大声に負けないくらい大きな声で 「え〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」 と絶叫したのでした。 長くなりそうなので、次回に続く・・・。 |
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なんとぉー!驚愕の新事実! 七代目さんが漫画のアシをしていたなんて. |
alpha echo 2005/04/09 00:46 |
明日書きます。3回連載の予定です。乞う、ご期待!(と言うほど面白くはならないけどね)。 |
七代目 2005/04/09 01:25 |
こんにちは。 |
けも・こびる 2005/09/20 13:18 |
けもさん、こんばんわ。 |
七代目 2005/09/22 01:20 |
七代目さん、こんにちは。 |
けも・こびる 2005/09/26 06:45 |
けもさん、こんばんわ。 |
七代目 2005/09/27 02:16 |
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