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わたしが小さいころ住んでいたところは、国鉄(現JR)の某ローカル駅まで、おとなの足で10分足らずのところにありました。 おじいちゃんにとって内孫の最初の男の子であったわたしは、赤ん坊のころからおじいちゃんに背負われて駅まで汽車や電車を見に連れて行ってもらったそうです。 その線は単線でしたが、駅には4本の線がありました。 一番線は下りホームで、駅舎の改札口を入ったところ。跨線橋を渡ったとなりの上りホームが二番線。そして三番線と四番線はいつも貨車が停まっていました。四番線の向こう側には日通の倉庫がありました。 わたしはそこで貨物列車の貨物入れ換え作業を見るのが好きでした。 ゆっくり入線してきた貨物列車は、ホーム先端で一時停止するのですが、貨車の数が多いと、うしろの方は踏み切りにかかってしまうこともありました。するとそこは、しばらくのあいだ開かずの踏み切りになってしまいます。 先頭の機関車は数量の貨車をしたがえてホームを離れます。そしてポイントを渡り、二番線、三番線を通り、四番線で貨車を何両か切り離します。 その後三番線にあった貨車を何両かつないで、いったん1番線にもどり、その貨車を列車の先頭につなげると、また貨物線に入り、三番線と四番線を何回か行き来して貨車を入れ換えます。 その作業が終わると機関車は列車の先頭に戻り、そこでしばらく停車します。 なかなか発車しないなと、いいかげん心配になってきたころ、反対側から特急列車がやって来るのです。 単線なので、対向列車の通過待ちをしていたのでした。 特急が通過すると間もなくポイントが切り替わり、機関車がゆっくり動きだします。 連結器がガチャガチャ音をたてて、貨物列車は次第にスピードをあげ、やがて見えなくなってしまうのでした。 そんな貨物列車の入れ換え作業を見るのが大好きでした。 よく憶えているのは、電気機関車(EL)によるものでしたが、記憶の奥底に、蒸気機関車(SL)による入れ換え作業もあったりします。 そのころの古いアルバムの写真を見ると、持っているおもちゃを全部一直線に並べて、貨物列車に見立てて遊んでいるものが何枚かあります。 昔は有蓋車、無蓋車、冷蔵車など、バラエティーにとんだ貨車がありましたが、今はそのほとんどがコンテナ車になってしまって、いささか興を削がれることもありますが、それでも貨物列車を目撃すると、なぜかうれしくなるわたしは、いまだに幼児性が抜けていないのでしょうか。 ![]() |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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ぐるぐる
赤ん坊のころから沿線の鉄道車両を見て育ったわたしは、自然と鉄道ファンになってゆきました。 中でも一番興味を持ったのは、真っ黒い煙を吐き、ロッドでつながった巨大な動輪を回転させて走る蒸気機関車でした。 ...続きを見る |
七代目孫左衛門 2005/11/21 01:58 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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懐かしい話題ですね。僕も小さい頃(昭和30年代)、自宅から10分位の所に鹿児島本線の蒸気機関車が走っていました。孫左衛門さんの仰るとおり、様々な貨物列車がありましたよ。あの時の黒煙の香りは今でも鼻腔の奥で記憶を留めています。 |
アーパー栗 2005/11/19 11:48 |
白黒写真ですね〜。 |
篠宮れい@ようやくここまで読めました。 2005/11/20 13:57 |
アーパー栗さん、やっとかめだなも。コメントありがとうございます。 |
七代目 2005/11/20 15:03 |
れいさんの年齢だと現役の蒸気機関車はイベント列車しか走っていないと思いますが、貨物列車をあえぎあえぎ引っ張る蒸気機関車というのは、なかなか男性的でカッコよかったですよ。 |
七代目 2005/11/20 15:06 |
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