七代目孫左衛門

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help リーダーに追加 RSS 初・舞・台 (My音楽WARS ep-2)

<<   作成日時 : 2006/08/21 00:28   >>

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A Long time ago,
in a galaxy far, far away. . .

というほどでもないけど
はるかむかし・・・
穴金青年が年上のおねぃさんと結婚するより
もっとむかし・・・


わたしは
恐い音楽教師から呼び出しをうけた







My 音楽 WARS



エピソード U

初・舞・台








理科室の掃除当番が終わって教室に戻ると、クラスの女子で背が一番高いTさんが私を見下ろしながらこう言った。
「あ、七代目くん、音楽のN先生が呼んでたわよ。音楽室まで来なさいって」
「え゛〜!また行くのかよ・・・」
当時、5年生の教室は校舎の西のはずれにあった。
それに対し、音楽室は東の離れの校舎にあった。
しかも、たった今掃除をしてきたばかりの理科室の隣のとなりなのだ。
私は今来た廊下をまた逆戻りして、理科室を通り越して音楽室に行った。

音楽室にはすでに7人の5年生がいた。
私を入れて8人。
とても先生に呼び出しをうけるような悪い生徒たちではない。
むしろ褒められてもいい位な、音楽好きのほうだ。
だから悪いことではないと思うのだが、先生が先生だけに、皆不安顔であった。




この音楽の教師、N先生は、学校内でも1・2を争う怖い先生として有名だった。
定年間近の男性教諭で、音楽室の壁に貼ってある肖像画のベートーベンが歳を取って、痩せ型にしたらN先生のようになるだろうな、と思われる感じで、知らない人が見ても「この人、音楽家?」と思わしめる雰囲気があった。

以前、音楽室の窓を全部閉め切って、入り口のドアに鍵をかけて、何やら難しいピアノ曲を弾いていたのを、理科室の掃除をしているときに聴いたことがある。
N先生はホントはピアニストになりたかったんだろうな、とその時は思った。
ピアニストになりたかったのに、なれず、こんな地方都市の片すみの小学校で出来の悪いガキンチョに音楽を教えなければならない、この辛さ。
なんであなたたちはこんな簡単なことも分からないのですか、とヒステリックに叫ぶN先生。
鍵をかけた音楽室から聞こえてくるピアノの音色は、とてもやさしかった。





子供の頃の人気TV番組で、一般の子供がTVに出られる唯一の番組「ちびっ子のど自慢」の予選が、近くの某ホールで行われたのを知ったのは、合唱部のM子さんが予選に出たらしいというウワサがたったからだった。

予選に出る直前、放課後に教室で親しい友人数名を前に歌ってみせたそうである。
そのとき、たまたま教室の前を通りかかった悪ガキ数名が、歌うM子さんに向かって、ヒューヒュー!とはやし立てた。
口笛ではなく、言葉でヒューヒューと言ってからかうのである。
それ以来、なぜか、人前で誰かが歌っていると、必ずヒューヒューと言うヤツが出てきた。主に悪ガキHとその仲間なのだが・・・。

最初は放課後や外で遊んでいる時だけだったのだが、それが音楽の授業のときにも現れてきた。

音楽の授業は、まず先生がピアノを弾きながら「音階」で歌い、クラスの皆が上手に歌えるようになると「歌詞」で歌った。皆が音程も間違わず歌詞も間違わず歌えるようになると、「では歌える人」と言って手を挙げさせ、3人ほどソロで歌わせて講評して、次の曲に進む、という段取りだったように思う。
手を挙げてソロで歌うのは、主に合唱部に所属する女生徒が多かったが、時には男子も歌うことがあった。とは言っても、男子はすすんで手を挙げるのではなく、「このクラスは女子しか歌えないんですか!」と叱られて、仕方なく数名が恐る恐る手を挙げるといった按配だった。

それが、ヒューヒューが流行ってくると、誰も手を挙げなくなってしまった。
合唱部のM子さんでさえ手を挙げるのを嫌がった。

誰も手を挙げないと、「まだ歌えないんですか!」と言って、N先生は誰かが手を挙げるまで何度も何度も歌わせた。
それでも誰も手を挙げないと、「このクラスはやる気があるんですか!」とヒステリックに叫んだ。
それで、おずおずとM子さんや私や他数名が仕方なく手を挙げて、2〜3名の悪ガキが小さい声でヒューヒュー言うのを無視して何とか歌い、授業を進めてもらうのだった。

普段から怖い先生であったが、このように毎回毎回ヒステリックに叫ぶので、いつしかN先生は「○ステリーじじい」と呼ばれるようになってしまった。

また、われわれ生徒は人前で歌おうとするとヒューヒュー言われるのを恐れ、誰も人前で歌わなくなってしまった。
後に中学に進学して、他の小学校から来た同級生が、教室でサイモンとガーファンクルの歌を大声で歌っているのを聴いて、少なからぬカルチャーショックを受けたほどだ。
なんとも嫌な風潮であった。

M子さんは結局予選落ちし、TVに出ることはなかった。








8名の5年生が不安顔で待っていると、○ステリーじじいが、もとい・・・、N先生が2人の生徒と共にやってきた。
N先生を囲んで10人の5年生が半円を作る。
男子が6名。女子が4名だった。
先生は右手にカセットテープレコーダー、左手にワラ半紙を持っていた。
まずワラ半紙を皆に配る。
ガリ版印刷で、短い歌詞のようなものが書いてあった。
カセットテープレコーダーは、当時まだ珍しいものだった。
我が家ではその頃はまだオープンリール式テープレコーダーが現役でがんばっていた。
お、カセットだ〜。
ちっちぇえな・・・。
おれも欲しいなぁ・・・。
と皆が思っていると、先生はポケットからカセットテープを取り出し、セットした。
playボタンを押すと、モゴモゴこもった音のなかから、お囃子(はやし)のような曲が聞こえてきた。
ワラ半紙に印刷されていたのは、その曲の歌詞だった。


こくらめいぶつ たいこのぎおん
あ やった やれ やれ やれ

あさのちょうちん たいこにゆれる
あ やった やれ やれ やれ

やさかぎおんさんに そろうてまいれ
あ やった やれ やれ やれ



モゴモゴいうカセットテープから流れてくる曲は、確かにこのように聞こえた。

私たちはカセットの曲に合わせて、何度かこの曲の練習をした。




しかし、のちに分かることなのだが、この歌詞はN先生がカセットを聴いて拾った歌詞で、正確ではなかった。
しかし私たちの誰も本当の歌詞は知らなかったので、ワラ半紙に印刷されたこの歌詞を正しいと思い込み、皆まじめにこの歌詞で歌ったのだった。







翌日の放課後も10名は音楽室に集められ、歌の練習をした。
練習が終わると、N先生は皆に1枚ずつパンフレットを配った。

加藤武主演の「無法松の一生」の演劇公演(地方公演)のパンフレットだった。

なんと、われわれ10名は、その演劇のなかのお祭りのシーンに、お祭りの群集役で出演し、その歌を歌うのだそうだ。

劇は一週間後の土・日。夜に行われる。

パンフレットと共に、チケットが一枚ずつ配られた。
土曜公演の、前から5列目中央部分の、いわば特等席である。

すげー!
おれたち劇に出るの?!
ゲーノージンもいっぱい出るらしいぞ!
きゃー!
すご〜い!


うちは母親が観に来ることになった。











土曜日。
当時はまだ週休二日ではなく、土曜日もきっちり授業があった。
授業が終わり、給食を食べ、三々五々音楽室に集まった。
誰かがいきなり叫んだ。
あ、サインをもらうのに色紙を持ってくればよかった・・・。
あ、そうか。
行く途中で買う?
お金持ってないぞ。
メモ帳があるから、それにしてもらおうか。
じゃ私にも一枚ちょうだい。
あ、おれにも。
などと騒いでいると、音楽のN先生と、5年3組担任のY先生(男性)が連れ立ってやってきた。
この二人が付き添いらしい。
私たちはまたカセットを聴きながら3回ほど練習をして、歩いて会場に向かった。
小学校から会場である某ホールまで、徒歩で30分ほどである。
途中に文房具店があったら色紙を買おうか、と言っている生徒もいたが、ほとんど誰もお金を持っていなかった。

会場に着くと、Y先生が劇団の人らしい方と親しそうに話をしていた。
私たちはエントランスホールでしばらく待たされたあと、階段を上がって2階のホールに連れて行かれた。
そこには年配の人が待っていて、さっそく歌を聴いてもらうことになった。
みんな緊張するふうもなく、大きな声で歌った。

するといきなりストップがかかった。

あ、ここ、「やったやれやれやれ」ではなくて、
やっさやれやれやれ」でお願いします。

なんだよ、N先生、間違ってんじゃん。
ったくもう。
はずかしいなあ・・・。


気を取り直して歌いなおし。

今度はオーケーが出た。

オーケーがでると、その劇団の人とN先生・Y先生は話をしだした。
私たちは手持ち無沙汰でその場に立っていたが、ひょうきんもののS君が二階席への扉を開けて中を覗いてみた。

おい、来てみろ。あれ見て。

小さい声で呼んだので、聞こえた数人だけが中を覗いた。



舞台中央に櫓(やぐら)が建てられ、その上で誰かが太鼓を叩いていた。
腹の底に響く、力強い音色だった。

後で知ったことだが、ゲネ(ゲネプロ)が終わった直後だったらしい。
ゲネとは、ゲネラルプローベのことで、本番と全く同じ条件でする最終練習である。
その練習が終わったあと、太鼓を叩く人が最終チェックをしていたのだろう。


おい、あの櫓に提灯(ちょうちん)と笹が飾ってあるぜ。
「あさのちょうちん」じゃなくて「ささのちょうちん」なんじゃねーのか。
あ、そうだよな。朝の提灯じゃ変だよな。提灯は夜だもんな。
ったくもう、○ステリーじじいめ・・・。
2番の歌詞は「朝の」じゃなくて、「笹の」に変更な。


そんな話をしていると、他の人がゾロゾロと階段を下り始めた。あわてて後を追う。
一階の右端の扉から中に入ると、客席につながる階段のちょっと手前に、隠れるように小さな扉があった。
劇団の人、Y先生、N先生、生徒の順に中に入る。中は狭い通路で両側は客席とうって変わってむき出しのコンクリートである。
少し進むと、徐々に広くなっていったが、それにつれて色々な器具が所狭しと置いてあった。何だか知らないが天井からロープもたくさんぶら下がっている。
そこを通り過ぎると、右手に楽屋があった。

中を見ると、何人かの役者さんが、お化粧をしていた。
タバコを吸っている人もいた。

すると奥のほうから、若くてきれいなおねぃさん(^^)が一人やってきた。
案内してくれた年配の男の人と二言三言話をすると、「じゃ、私のあとについて来てください」と言って、また通路をずんずん進みだした。
今度は照明器具や大道具がたくさん置いてあって、いちいちそれを避けながら歩いた。
左側から明るい光が目に入ったので見ると、明るい舞台をとおして薄暗い客席まで見えた。
その舞台のウラをとおり、反対側に着くと、「ここでちょっと待っててね」と言っておねぃさんは舞台の方に行ってしまった。
数分して戻ってくると、われわれの役を説明してくれた。

まず、おねぃさんの合図で、この場で歌の一番を歌う。
二番を歌いながら舞台に出る。
三番まで歌い終わったら、お祭りを楽しむフリをして、その辺を適当に歩いたり話をするフリをする。
真ん中では役者さんが演技をしているので、近づいてはいけない。
あまり前に行ってはいけない。

「じゃあ一回練習しまーす」
おねぃさんの合図で、私たちは大きな声で歌いだした。
二番を歌いつつ、私たちは綺麗に二列縦隊になって舞台にでた。
私は張り切って大きな声をだしすぎたので、三番を歌うとき、声が枯れてしまった(^^;)。

歌い終わると、客席にいた怖そうなおじさんが、おねぃさんを呼んで何か言っていた。
おねぃさんは小さな声でハイ、ハイと神妙に聞いていた。
そしてこちらに向き直ると、
みんなぁ、お祭りなんだから、もっとバラバラに出てきてね。学校みたいにちゃんとしなくていいから。と言った。
私たちは「はーい」と良い返事をして、練習は終わった。

次は楽屋に行って着替えである。みんなでゾロゾロ歩いていると、隣を歩いていたS君がそっと私にささやいた。
あの女の人、2番を「笹に提灯」って歌ってたぞ。
え?そうなの?
うん。たしかに「笹に提灯」だった。よく考えりゃ「笹の提灯」っつうのも変だよな。
ああそうか。そうだいな。笹に提灯だな。みんなにも言っとくべ。



楽屋に行くと、衣装である浴衣(ゆかた)が用意されていた。
順に浴衣をもらう。
男子では私が最後だった。
浴衣を配っていたおにいさんがわたしの顔を見て「え?」という顔をした。

あれ、男が6人?5−5じゃないの?

見ると女の子向けの桃色の浴衣しか残っていない。
それを見てS君がぎゃははと笑った。

ちょっと待ってて。
おーい、もう一着男の子用の、あったよなあ。

なんとか私にも男の子用の浴衣が配られた。(良かった良かった^^;)

着ることは着たが、帯の締め方が分からない。
近くにいたおじさんが、一人ずつ帯を締めなおしてくれた。

お、君はちょっとお腹が出ているな。運動しなきゃだめだぞ。

おじさんはそう言って私のお腹をポンとたたいた。
親切で面白いおじさんだった。

皆緊張していたのか、サインを貰うことなどすっかり忘れていた。
そのうちに、夕食用にサンドウィッチが配られた。
それを食べていると、女子のグループの方から喚声がおこった。
I さんが、役をもらってセリフをしゃべるという。
われわれが出るのは、第3場のお祭りのシーンなのだが、I さんは第1場にちょこっと出るのだそうだ。
舞台の端に座っていて、何か言われたら「おおきに」と言って二階に駆け上がる。
という役だそうだ。
まさか、ここでいきなり役を貰ったわけではなく、事前に話しがあったらしいのだが、皆には内緒にしていたらしい。
皆羨望のまなざしでI さんを見ていた。


I さんとは、幼稚園から中学校まで一緒で、何度か同じクラスになったこともある。
家が裕福で、田舎にしては珍しく小さい頃からクラシックバレエを習っていた子である。
今改めて幼稚園のアルバムを見たら、6歳とは思えない美人顔で驚いた。小さいころから目立って可愛かったなぁ。







幕が上がると、濃いめの化粧をしたI さんは他の役者さんたちといっしょに、早々に舞台に出ていった。
楽屋には何箇所かスピーカーが置いてあり、舞台の声が小さいながら流れていた。
役者さんたちはその音を聞きながら舞台の進行状況を判断し、自分の出番がくると黙って楽屋を後にした。
私たちは、I さんの「おおきに」を聞こうと耳をそばだてていたが、結局わからなかった。

そうこうしていると、おねぃさんが綺麗な着物を着て、町娘のカツラをつけ、メイクをして、ますます綺麗になって現れた。
じゃ、みんな、行きますよ〜。
静かにね。なるべく音を立てないように。
私はますます綺麗になったおねぃさんのすぐ後ろについて、舞台の袖に向かった。
下手(しもて)の袖には何人かの役者さんがすでにスタンバッていた。
おねぃさんは私たちの顔を見回し、
バラバラに出てね。バラバラに。
と小さな声で言った。

小さく小さく流れていたお囃子の音が、徐々に大きくなっていった。
おねぃさんは舞台の方をキッと見つめ、何かの合図を待っているようだった。
私たちも徐々に緊張が高まっていく。
と、おねぃさんはこちらに向き直り、ハイッと言って手をあげた。

♪小倉名物 太鼓の祇園
あ やっさやれやれやれ〜


私は先ほどのリハーサルを踏まえ、1番は声をセーブして歌った。3番が歌えなくなると困るからね(^^;)

笹に提灯 太鼓に揺れる
あ やっさやれやれやれ〜


2番を歌いながら、皆バラバラに舞台に出た。
照明が思ったよりまぶしかった。

八坂祇園さんに そろうて参れ
あ やっさやれやれやれ〜


舞台後方で私はS君やT君とお祭りを見物しているフリをしながらウロウロしていた。
そのうちお囃子の音がどんどん大きくなってきて、舞台が暗転すると同時にピタリと止んだ。













翌日曜日は、昼食後学校に集合した。
昨日のことがあるので、皆、色紙を買ってきている。私も3枚買ってきた。
楽屋に着くと、着替える前に、まずサインをもらいにいった。
一枚は主演の加藤武さん。
一枚はベテラン女優の荒木道子さん。とは言っても、当時は名前を知らなかった(おいおい)。サインを見ても、なんと書いてあるのか読めなかった(^^;)。皆が貰っていたので私ももらったまでで、このブログを書くにあたって母親に当時のことを聞いて初めてお名前を知ったのである(^^;)。
もう一枚は、綺麗なおねぃさんを始め、楽屋にいた大勢の方々。
もちろん昨日帯を締めてくれたおじさんにももらった。

おじさんのサインは、あまり崩れていなくて、よく読めた。

下川辰平

と書かれていた。

後に、TV番組「太陽にほえろ」の長さん役で全国的に有名になった下川辰平氏の若き姿(といってもすでに40歳すぎ?)だった。

下川辰平さんは、2004(平成16年)3月25日に敗血症のため亡くなられた。享年75歳だった。
ご冥福をお祈りいたします。











せっかく書いていただいたサインであったが、学生時代から何度となく引越しを繰り返したためか、いつの間にか紛失してしまった。
だから3枚目に書かれていたおねぃさんの名前や他の役者さんの名前も、今となっては全く分からない。


でも、
加藤武さんの色紙の文は、今でもはっきり憶えている。





     木 枯 し や

     漆 は げ た る

     ボ ロ 車

          加 藤 武


           (原文タテ書き)
















My 音楽 WARS

エピソード U

初・舞・台













<1st シリーズ>
エピソードW 新たなる希望
エピソードX 初めてのクラシック
エピソードY オーボエの帰還
<2nd シリーズ>
エピソードT セカンド・リコーダー
エピソードU 初・舞・台
エピソードV 鼓笛隊


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2006/08/21 00:50
鼓笛隊 (My音楽WARS ep-3)
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七代目孫左衛門
2006/09/21 01:43

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