七代目孫左衛門

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help リーダーに追加 RSS 鼓笛隊 (My音楽WARS ep-3)

<<   作成日時 : 2006/09/21 01:43   >>

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A Long time ago,
in a galaxy far, far away. . .

というほどでもないけど
はるかむかし・・・
双子の空歩人が生まれるより
もっとむかし・・・


わたしは
小太鼓の音に魅了されていた







My 音楽 WARS



エピソード V

鼓 笛 隊








小学校最高学年なった。
大方の予想どおり、我がクラスではP君が学級委員になった。
私はそのころアルセーヌ・ルパンの本に凝っていて、少しでも本のそばにいたいと思い、図書委員になった。そしてあろうことか、図書委員会の会合において、図書委員長に選出された。
児童会長には3組のY君が、P君は副会長になった。

7月始めのある日、音楽の授業が終わる直前、F先生がこう言った。
F先生とは、前年度までで定年退職したN先生に代わって赴任した新しい音楽の先生で、20代後半・一児の母で、とてもやさしい先生である。
「これから名前を読み上げる生徒は、放課後、音楽室に集まってください」
音楽好きのものの耳がダンボになる。
みんな、鼓笛隊の「鼓隊」の選出であることが分かったからだ。

P君、N君、七代目君・・・・・・

やったぁ!





我がクラスからは、男子3名、女子3名が選出された。













放課後、音楽室には6年生3クラスの17名が集合した。
男子8名、女子9名である。

全員にドラムマーチの楽譜と、ドラムスティックが配られた。
すべて小太鼓用のスティックである。
まずそれで、皆で小太鼓の練習から始めるのである。
とはいえ、小太鼓はそんなに数がないので、机を叩いたのであるが・・・。

タンタンタン・/タンタンタン・/タンタカタンタカ/タンタンタンタン/タンタンタン・/タンタンタン・/タンタカタンタカ/タン・・・/

楽譜には御丁寧にR・Lの文字が書かれていて、どの音を右手でたたくか、どの音を左手でたたくか、初心者でもわかるようになっていた。
本物の小太鼓ではなく机であっても、とても楽しかった。

翌日も放課後に練習が行われた。
そして練習が終わると、早くもパートの割り当てが発表になった。


総指揮者 1名
大太鼓  2名
中太鼓  3名
小太鼓  7名
シンバル 2名
ベルリラ  2名  で、計17名である。

私は小太鼓をたたきたかった。

私の予想では、指揮者は児童会長で本年度の健康優良児に選ばれたY君、大太鼓・中太鼓は男子のはずだから(前年はそうだった)、残る男子は2名。
その2名が小太鼓になるか、シンバルになるか、それはわからない。
仮に1名ずつなら、一番体格の小さいR君が小太鼓になる可能性が高い。
2名なら、私とG君とN君がほぼ同じ体格で、誰がなっても不思議ではない。
はたして・・・・・・。

「まず、指揮者はY君」
みんなの予想通りである。

「次、大太鼓は、P君と七代目君」

え゛ー!

初めから予想外の展開である。

中太鼓にN君とO君と一番小さいR君。
G君だけが男子で唯一小太鼓になった。


先生、おれ小太鼓をやりたかった。

そう、でもね、七代目君はリズム感がいいから大太鼓でみんなを引っ張ってほしいの。
できるでしょう?

はい・・・。











並ぶ順は、指揮者を先頭に、4列×4人。
最前列中央に大太鼓が2名。
その両脇にシンバルが各1名。
2列目は、中太鼓が3名と小太鼓(G君)。
3列目は、小太鼓(女子)4名。
最後列は、中央に小太鼓2名。
その両脇にベルリラが各1名。
という布陣である。



練習は、その日から毎日放課後に行われた。
夏休み期間中も、週3〜4日行われた。
2学期になると、すぐに全体練習が始まるので、笛は多少練習が遅れても、伴奏である鼓隊は、その時には完成されていなければならない。

曲は、ドラムマーチ、錨を上げて、校歌、他・唱歌が3〜4曲だった。



夏休みが後半に入ったある日、
F先生が新たな楽譜を用意してきた。
タイトルは「ドラムマーチ」だった。
しかしすでにドラムマーチは存在していたので、この新しいドラムマーチは、
「ドラムマーチA」と名付けられた(笑)。

元のドラムマーチ@よりも、難度の高い曲だった。
@は全体がほぼ同じ音量で、小太鼓のトレモロもなかったが、
Aはpp〜ffまであり、クレッシェンド・ディミヌエンドも頻発し、小太鼓はトレモロ(ドラムロール)の嵐だった。
去年まではなかった曲である。
ただそこは音楽好きの集まりである。
あっという間に形になった。
トレモロはヘタクソだったが、7人もいるので、それなりに聴こえた。

夏休み中、音楽室ではかなりの回数を練習したドラムマーチAだったが、2学期に入り全体練習が始まっても、なかなか皆に披露することができなかった。

練習は、ドラムマーチ@〜錨を上げて〜唱歌による、入場から各種フォーメーション、最後に集合して校歌を演奏するまでで、いつもここで時間切れだった。校歌の後の退場(錨を上げて)の練習をしたのは、本番間近になってからであった。











秋の大運動会当日。

その日は朝から雲がどんよりと立ち込め、今にも降り出しそうな日だった。
雨で中止の場合は、翌週に持ち越される。

雨が降りませんように。
途中で降っても、鼓笛隊のときは晴れますように。

私は祈るような気持ちで学校に向かった。


開会式のあとの、ラジオ体操(準備運動)のときに、雨が少しパラついたが、すぐに止んでしまったので、プログラムどおりに実行されることになった。
しかし雲は厚く、いつ降りだしてもおかしくない状況だった。
午前の最後のプログラムが終わり、昼食のために解散になる直前、驚きの発表があった。

「雨が降り出すかもしれないので、プログラム最後の鼓笛隊パレードは、午後の一番最初に執り行ないます。5・6年生は昼食が済み次第、鼓笛隊の準備をしてください。」

私は急いで弁当を食べると、すぐに音楽室に行き、準備に取り掛かった。







トラックの一周が約150mほどの小さなグラウンドの、南西側が入場門、北東側が退場門である。
入場門から少しグラウンド内に入ったところに指揮者のY君を先頭に鼓隊の16名が並ぶ。
鼓隊から数m離れて4列縦隊になった笛隊が緊張するふうもなく時間が来るのを待っていた。

午後1時。
本来なら4年生のフォークダンスで幕を開ける午後のプログラムであるが、本校史上初、鼓笛隊パレードで幕を開けた。

ピ〜〜〜〜〜〜〜ッ、ピッ!
ピッピッピッ!
どんよりした空の下、Y君が吹くホイッスルの音がするどく響く。
ホイッスルに続いて「ドラムマーチ@」が始まると、いままで閑散としていた校庭がにわかに活気付いた。
まさか午後の1番に鼓笛隊パレードがあるとは知らない近所の人たちがあわてて駆けつけて来た。

「ドラムマーチ@」で足踏みを始め、「錨を上げて」でいよいよ行進の開始である。
指揮者を先頭に総勢240名の鼓笛隊は150mトラックを1周し、2周目に入ると指揮者と鼓隊だけが90度左を向いて、一直線に朝礼台に向かう。
指揮者は朝礼台上で指揮をし、鼓隊はそのすぐ横に陣取った。
4列で行進していた笛隊は途中で2列ずつに分かれ、グラウンドの東と西にふたつの円を作った。
そこで「錨を上げて」は終了し、唱歌を吹きつつ右に左に、時には交差しフォーメーションを変えつつ数曲を披露した。
校庭に大きな拍手が鳴り響いた。
最後はグラウンド一杯に広がり校歌を吹いた。

指揮者の合図で朝礼台前に集合。
いよいよ退場である。
最初の入場のときと同様に指揮者のY君のホイッスルが響き渡る。
「ドラムマーチ@」で足踏みを始め、「錨を上げて」とともに端から順に北東側の退場門に向かう。
先頭は退場門を出たあとも観客のうしろを行進し続け、全員が退場するまで列を崩さず吹き続けている。
全笛隊が退場し、「錨を上げて」の最後のフレーズとともに、指揮者はピーーーーッとするどいホイッスルの音を響かせ、曲を締めくくった。
そしてすばやく朝礼台から降りると鼓隊の前に来て、いよいよ鼓隊の退場曲「ドラムマーチA」の初披露である。
笛隊の約220名は、観客の外側でじっと整列している。

指揮者Y君の合図で「ドラムマーチA」が始まる。
まずff(フォルティシモ)でダンダン!・ダンダン!・ダ〜〜〜〜〜〜ダン!と、小太鼓は初っ端からトレモロである。
その後もクレッシェンド・ディミヌエンド等を繰り返し、特に小太鼓は小学生とは思えない難度の高い演奏をこなし、ゆっくりと退場門に向かった。
観客にとっては初めて聴くドラムマーチAだった。
全員の目が私たち17名に注がれていた。
最後の小太鼓のトレモロがピアニシモからフォルティシモに盛り上がり、シンバルが高らかに打ち鳴らされて曲を終えた。

大きな拍手のなか、たくさんの観衆が私たちの周りに集まってきた。
となりのP君が私のほうを向いてニカッと白い歯を見せた。
わたしも思わず笑顔をかえしていた。



P君の大太鼓の上を、どこから来たのか、一匹のシオカラトンボが静かにホバリングしているのが見えた。














My 音楽 WARS


エピソード V

鼓笛隊












< 1st シリーズ >
エピソード4 新たなる希望
エピソード5 初めてのクラシック
エピソード6 オーボエの帰還
< 2ns シリーズ >
エピソード1 セカンド・リコーダー
エピソード2 初・舞・台
エピソード3 鼓笛隊


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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
なんだか爽やかな秋の空のような描写に感動してしまいました。
途中からは僕の頭の中ではずーっと
「ドーーミーソーラーーミラーー・・・」が鳴り響いています。
ちなみに僕は小学校の鼓笛隊ではシンバルでした。
音を止めるために胸が痛かったのを想い出します。
次作を楽しみにしております。
アーパー栗
2006/09/22 09:38
アーパー栗さん、コメントをありがとうございます。
私の娘は小学校の鼓笛隊で小太鼓を叩きました。
ちょっぴりうらやましかったです(笑)。
七代目
2006/09/22 22:13
(*^^)//。・:*:・゚'★,。・:*:♪・゚'☆パチパチ
七代目君の表情の変化が目に見えるようです。
リズム音痴の私は音楽出来る人を大尊敬してしまいます。
なにしろピアノが全く弾けない保母としてもう30年近くになろうとしております。
花猫
2006/09/24 06:50
花猫さん、コメントありがとうございます。
ピアノが弾けなくても、それ以上に素晴らしい仕事をしている花猫さんを尊敬しています。
これからもよろしくお願いします。
七代目
2006/09/25 00:37
う〜ん、この記事を読んで私は私で中学生の頃運動会でやったマーチングを思い出します。
といってもスーザフォンでしたから、他の人に比べ動きは少なかったですが。(その割りに物凄い存在感だったらしいです:笑)

あとこの記事を読んで物凄く共感できた部分がもうひとつ。
私の中学の吹奏楽の仮入部の時にアルトサックスを選んだのに、気づけばバリトンサックスとなり、最終的にはテューバに回されていました。
そのときの顧問の言葉が「篠宮さんは小さい楽器をもてあましているようだから、大きな楽器で皆を支えてもらえないかな?リズム感あるし、大丈夫。」とこんな言葉。

なんか、かぶりますなぁ・・・。七代目さんの記事が他人事ではないように思えてきました(笑)。
篠宮れい
2006/09/28 21:38
そ、そうか・・・。
れいさんは私の生まれ変わりだったのか・・・。
(って、ワシはまだ死んでなーい!^^;)
七代目
2006/09/29 01:51
私の通った小学校では、5年生全員がリコーダー、6年生の7割がリコーダーとピアニカで、残り3割が叩きもの+主指揮+福指揮でした.主指揮になる子は大体予想がつくんですよね.私は中太鼓でした.

映画ネタですが、鼓笛からマーチングバンドを連想すると、私は“ドラムライン”という劇場作品が思い浮かびます.観る前は高をくくっていたのですが、音楽ネタの映画というのは不思議ですね.何回観てもなかなか飽きのこないスルメイカのような作品で、すっかり私のお気に入りになってしまいました.

小太鼓のスティックさばき…あれは必見です.
LUCKY-LANTANTAN
2006/10/01 01:07
LUCKY-LANTANTANさんは中太鼓でしたか。
だんだんメンバーがそろってきたな(笑)。
私の中学時代の小太鼓のスティックさばきも見せたかったな(^^;)
七代目
2006/10/02 01:04

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